里子に出されそうだったこと

私は子供の頃、大人から見て聞き分けのいい子ではありませんでした。決められたことを決められた通りにやるということが大の苦手で勉強も好きではありませんでした。

ですから、学校の先生や母親からしてみれば、いつも悩みの種だったと思います。

小学校1年生の時など、作文の時間に担任の先生が書いてほしい内容で作文が書けなかったため、クラス全員の前で悪い作文の例として先生に読み上げられ、「この作文はいったい誰の作文でしょう?答えは、roboちゃん(私)のです!」と言われました。まるで公開処刑のようで、とても悲しい気持ちになりました。私なりに一生懸命書いた作文だったのです。

その先生は私にずいぶん手を焼いていたようで、同じ小学校に通う二つ上の私の姉に、私の悪口を言っていたようで、まだ小学校3年生だった姉も悲しい気持ちにさせられていました。

当時小学校は1・2年生が同じクラスで同じ担任だったので、2年間その先生にお世話になり、その間中、母は面談のたびに私について困っていることを伝え続けられていました。また、母自身も私に対して不満が大きかったので、自然私に対してはとても辛く当たらざるを得ませんでした。

私も自己管理能力が低く、自分の興味にまかせて、やりたいことしかしていない子供だったので、大人達が困るのも当然ですし、私自身もどうしていいかわからず、必然的に母とはぶつかることが多くなりました。

そして困り果てた母は、独り身でシンガポール在住の母の姉に私を里子に出すことに決めました。私はとても寂しい気持ちでしたが、自分が悪いのだから仕方ないと思い、イギリス人女性の英語レッスンに通わされたりしました。小学校4年生の頃のことです。

しかし、いよいよ小学校5年生から叔母のところに行くという段になって、私はものすごく不安になり、泣いて行きたくない、と訴えました。それで、何とか里子に出されずに済みました。親切な叔母は、今沖縄に住んでいて、roboにプレゼントを贈ってくれたりしています。

ところで、先日占星術師に占ってもらった時、私は前世で母親に捨てられていて、今生では母親との関係回復をするのが1つの課題だ、と言われた時は、正直ドキッとしました。

今生でも同じようなことが起きていて、何とか回避して今は兄弟の中では私が1番母と仲良くしているので、これは私が乗り越えようと決めて来た試練だったのかな、と思いました。

子供の頃はとてもつらかったけれど、そのおおかげで、障害のあるroboを授かっても、「どんな子供でも、ありのままを受け入れて大切に育てよう!」と心に決めていたために、ゆったりとした気持ちでroboを育てることができたのだと思います。自分の特性が大人に受け入れられなかったことがかえって良い方に働き、困難なはずの子育てを楽しむことが出来ているのだと思います。


スタバの豆乳入りを示すシールが可愛いです☕
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by robo223 | 2017-05-23 07:39