小学校入学前のこと

保育園と通園施設に通う毎日の中、私はroboにピアノを習わせることにしました。roboは感覚過敏がひどいのですが、中でも聴覚過敏が激しく、そのような子は、音感がいいと聞いたからです。


習い始めてみると、確かにroboには絶対音感が備わっているようで、音の聴き取りが抜群でした。そして、発表会では、音楽にくわしい方に「音がきれいだ。」と言っていただいているらしく、先生は「robo君のファンもいるんですよ。」と言って下さいました。さらに先生には、音楽大学への進学をすすめていただきました。

しかし、残念ながら、roboが「僕は発明家を目指してるからダメなんだ!」と言うので、音大への進学はあきらめざるを得ませんでした。もちろん、ピアニストや作曲家になるということを期待していたわけではありませんが、楽器店で働いたり、調律師になったり、楽器のリペアリング、はたまた楽器職人になれる道が拓けるかもと思ったのです😢

それでも、ピアノを練習することは、得意なことを伸ばすことにもつながりますし、手先の不器用なroboにはもってこいなので、比較的力を入れて練習させています。

ある時、ハリー・ポッターの映画音楽を自分で旋律を聴き取って、学校のピアノで弾いていたら、皆が「すごい!」「モテるよ!」などと口々にほめてくれたそうです🎵

それからこの時期は、感覚統合訓練の一貫として、あちこちのアスレチックに連れて行って、私もroboとのお出掛けを楽しんでいました001.gif今はなくなってしまった青山の子供の城には、巨大アスレチックや様々な遊戯コーナーがあり、ハンドペインティングもできました。付属のレストランでは、新幹線の器に盛られたレトロなお子様ランチが楽しめました。あとは、ボーネルンドのキドキドや隣駅からすぐのログハウス内にあるアスレチックで、ターザンロープをさせたり、ぐらぐらするネットをのぼらせたりしました。小さなことでも昨日出来なかったことが、今日は出来るようになったというわずかな進歩が私にとっては、本当に大切なことでした。


私やroboのことを心配してくれている姉がroboのために買ってくれたアップライト・ピアノです🎹
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# by robo223 | 2016-12-31 10:00 | Comments(0)

仕事を辞めてからの日々

発達障害児であるroboの教育に専念しようと、長年勤めた仕事を辞めてから、今日までの7年間は、私の人生において最も幸福な時間になりました。もともと私は不器用で仕事と子育てをうまく両立できず、roboに充分関わってやれていないのではないかという罪悪感がありました。また、10年間の不妊の末、やっと授かったroboの可愛さはひとしおだったので、心ゆくまで一緒に過ごせる毎日はかけがえない時間になりました。roboに障害があるとわかったことが、子育てに専念するきっかけとなり、それが、私に母親として充実した時間を与えてくれたのでした。

仕事を辞めてからも、保育園に通わせることはできたので、集団参加の場も確保できましたし、療育(治療と教育のこと)の必要性も感じていたので、週3日間は保育園、週2日間は地域の障害児通園施設に通わせました。roboは早生まれなので、4才の時に診断を受けた時はすでに年中になっていましたから、通園施設で療育を受けられたのは、年長のたった1年間になってしまいました。私はもっと早く気付いてやれば良かったのに、と悔やむ気持ちがありました。

しかし、「何事も遅すぎることはない。」「今が未来からすれば一番早い。」という言葉通り、roboはみるみる成長し落ち着いていきました。以前は癇癪ばかり起こしていたroboに対して夫は「将来、自分とroboは殺し合うのではないか。」と思っていたらしく、穏やかになってきたroboの姿を見て、「roboをいい子にしてくれてありがとう。」と言ってくれたのでした。


現在のroboの愛読書はハリー・ポッターです📕
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# by robo223 | 2016-12-30 08:35 | Comments(2)

冬休みの受験勉強②

3日間しかない冬期講習も終わってしまったので、今日からまた、自宅学習オンリーで勉強を進めていきます✏📄何の用事もない日は、午前中9時から始めて、まずは計算と漢字をやります。その後、算数の受験問題と国語の受験問題か文法語句のどちらかをやります。そして、午後は、理科か社会のどちらかだけをやっておしまいです。日によっては、午後にもう一度算数の受験問題を入れることもあります。


以前は、私がびっちりついていないと、ほとんど一人ではできませんでしたが、秋くらいから急に自分で解こうという姿勢が見られるようになってきましたし、自分で解けるようにもなってきたので、助かります。やっと中学受験に必要なスキルが身についてきたのか、または、脳が時期的にやっと受験問題に対応できる程育ってきたのか、わかりませんが。roboは不器用で(非言語性学習障害?)、文字を覚えるのも一苦労、繰り上がりの計算でまた一苦労、と大変でしたから、本人もよく頑張ってきたと思います✏何度も見学に行って決めた2校の志望校のうち、1校でも受かるといいなと、思います。もし、ダメだったら、以前のサイトで紹介したS学園を2月の末に受ける予定です💦


それにしても、高校受験や大学受験の問題は学校で学習したことの延長線上にあり、その内容をしっかり押さえるだけでも充分入れる学校も多いのですが、中学受験の問題は学校の学習内容からかなりかけ離れていて中学受験用の特別な勉強をしなければ、ほとんどの学校に入れないので大変です。また、中学受験をした経験がなく文系の私には、算数と理科を教えるのに大苦戦を強いられました😅

ニュートン算というニュートンが作って大学の学生に解かせたという特殊算など、roboを教えるための予習に4時間も掛かってしまいました002.gif

そして、降ってわいた災難のように、受験させられることになったroboの方は、勉強の合間にはお気に入りのソファ・スペースで「はぁ💨」と一息ついています。
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# by robo223 | 2016-12-29 09:10 | Comments(0)

冬休みの受験勉強①

roboは約1ヶ月後に中学受験をひかえています。冬休みも今日までの3日間、塾の冬期講習に通いました。塾では、残りわずかな時間で過去問をやらせてくださるということです✏📄


そこで、家では今までやってきたドリルをひたすらやり続けています📕取り組ませるドリルの数をしぼって、今は各ドリルの3巡目です。しかも、比較的やさしい内容のものを選んで、取り組ませています。その方が本人への負担が軽くなるし、基礎的な部分の定着も良いようです。それに、roboが志望している中学は難関私立どころか中堅私立ですらないので、無理のない範囲で勉強を進めていければ、と思っています。それでも、時々「あ~、僕は発明家なんて目指さなければ良かった😭」(発明家になるために勉強しているらしい!)と弱音を吐く始末です。


roboには発達障害があるため、療育と並行して勉強していかなければならず、運動も遊びも習い事もさせ、なおかつ夕飯前には勉強を終わらせるというスケジュールでやってきましたが、途中そんなやり方では通用しないことに気付き焦りましたが、何とか徐々に合格率を上げることができました。最後に受けた模擬試験では、参考までにと書いておいた中堅進学校までギリギリ合格圏内に入っていたのには驚きました。しかし、中堅私立中学では、与えられる課題も全般的に高く、ある程度なんでも自力でこなせる生徒さんが多くて、先生方の手助けもそこそこになってしまう可能性があります。それでは、地元の公立中学に通うのと変わらなくなってしまうでしょうから、roboに合った学校に通わせたいと思っています🏫

ちなみに、roboのように不器用なお子さんで家庭学習中心に受験される方がもしいらっしゃった場合の参考に、roboが主に使っているドリルを紹介させていただきたいと思います📕😄

算数ー新小学問題集、でる順計算
国語ー新小学問題集、でる順漢字
理科ーでる順理科、できる子図鑑
社会ーでる順社会、できる子図鑑

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# by robo223 | 2016-12-28 16:34 | Comments(0)

発達障害の診断を受けて

roboは4才の時に高機能自閉症と診断されました(後にアスペルガーADHDに変わった)。もともと私自身がroboの様子が普通ではないと判断して診断を受けたわけなのですが、診断名がはっきりした時にはかなりショックを受けました。しばらくの間は心の整理がつかず、どんよりとした気持ちで悲しみの淵をさまよっていました。

しかし、事実は事実なので、現実を受け止めて前に進んでいかなければなりません。こうしているうちにroboはどんどん成長して、あっという間に大人になってしまうことでしょう。

こんな風にわずかながら、冷静さを取り戻し前に向かって進んでいかなければ、と思い始めたのは、診断から1ヶ月が経った頃でした。今のroboの状態では、まともなコミュニケーションも取れないし、何かといっては癇癪を起こして手がつけられなくなるので、将来どこかで働いたり作業所などに通うことだって難しそうです。なんとかして、親亡き後も社会に適応して生きていけるようにしなければならないという思いが湧き起こってきて、ぐずぐずしているわけにはいかないと思ったのです。


私はもともと「障害=不幸」ではないと考えていました。しかし、障害があることで、大きな劣等感を抱いたり希望を失ったりしてしまうことは残念なことだと思っていました。また、障害がもとで、立ち直れない程のいじめにあって、人を信用できなくなったり、自己肯定感が大きく下がってしまったりして、心の健康を損なうだけでなく、大人になっても「どうせ自分なんか。」という思いから、せっかく持っている力を発揮できなくなってしまうことが心配でした。

そこで私は全面的にroboの教育に力を注ごうと決意し、18年間続けた仕事を辞めることにしたのです。20代の頃、途中2年間は、もう少し勉強の続きがしたくなり、休職して地元の国立大学の大学院に通い修士号を取りましたが、その後復帰しやりがいを感じて働いていましたから、退職するかどうかはかなり迷いました。しかし、自分のことより、親としての責任を果たす方が大事だし、その方がきっと後悔しないに違いないと思ったのです。


それで私はroboの診断から半年後に仕事を辞めて、専業主婦となったのでした。


サンタクロースからもらったLEGOを「僕は物を作っているとワクワクするんだ001.gif」と言って、あっという間に作ってしまいました。ガンプラに比べると作りやすいようです。

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# by robo223 | 2016-12-28 11:10 | Comments(0)