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習熟度別クラスを考える

発達障害のあるお子さんをお持ちのお母さんとお話したり、相談を受けていて、1番難しいなと思うのは、親としてどうしても我が子の能力の高さ低さが最も強い関心事になってしまう方がいらっしゃる点です。

親としては当然我が子の能力が高いことを望むわけで、それが平均より明らかに劣っているという事実を知能検査や学力検査、クラス分けなどで示されると、非常なショックを受けるわけです。そして、そのやるせない気持ちのやり場をどこに向けるかは人それぞれです。子供に当たる人もいれば、そのような評価をした機関や学校、または、その評価方法じたいに矛先を向ける場合もあります。または、何とか努力して子供をあの手この手で訓練して平均値に近づけようとする方もいらっしゃいます。

私がいくら、「能力は能力で、できる限り伸ばし、発揮できるように努めるのが親の責任ですが、持って生まれた特性があるのだから、まずは本人らしさを大切にして、本人がありのままでいることを認めて上げましょうよ。」と言ってもなかなか気持ちは伝わりません。お母さんじたいもそんなことは承知で、どうしても気持ちが切り替えられないのです。

実はroboが初めて田中ビネー検査を受けた4才の時は、最後に田中ビネー検査を受けた小3の時より、50近くも数値が低く、知的障害に近い状態でした。愛の手帳も取得しました。ですが、私は生まれてきた子供はどんな子でもありのままを受け止めようと心に決めていましたし、能力が高い低いより、roboが幸せになれるかどうかの方が最大の関心事でしたから、知能指数の低さはあまり気にしていませんでした。ですから、私は小学校入学の際、迷わず個別支援級を選びました。その子に合った場所でこそ、その子は伸びると考えたからです。(あくまでも1年生の時のroboの場合です。障害があっても、一般級の方が合っている子もいます。)

ただし、親としてできることは最大限にやって、少しでもroboのいいところが伸びるように、また、少しでも読み書きができるように、とただ無心で努力をしていました。そのせいかどうかはわかりませんが、roboの場合はだんだん潜在能力を表に発揮できるようになっていったようです。

そういう話も、能力(知能)にこだわりのあるお母さんにしても、気持ちが解きほぐれるわけもありません。ですから、私は「私が障害のあるなしや能力よりも、roboの幸せにどうしてもこだわってしまう気持ちを止められないのと、あなたが子供の幸せと同時に障害のあるなしや能力にこだわってしまう気持ちを止められないのは同じだから、お互い様だ。」と言います。苦しいのは、きっと気持ちを切り替えられないママの方だと思うので、その気持ちは受け止めていたいと思います。

しかし、このように平均的であること、横並びであることに、特別日本人は執着する文化があるように思います。その文化のせいで、障害のある子を授かった親は余計に苦しまなければならない構図があるように思えて残念です。お母さん個人の問題ではないような気がするのです。親戚の目や世間の目が追い詰めていたりもしますから。

そして、日本において、皆一緒が1番、普通が1番という考え方が主流である限り、最も大きなリスクを背負うのは子供達だと思います。例えば、算数が苦手な子も得意な子も同じ進度で学習を進めなければならないなんて、どちらにとっても悲劇です。フィンランドでは、時間差登校をしたり、さらに小グループに分けて別の課題を与えるなどして、個人のニーズにそった教育を展開している学校があることは以前の記事にも書かせていただきました。

大事なことは、それぞれ違うタイプの子供達がいかに生かされ、効率的に学べる環境が提供されるかなのだと思います。十把一絡げに扱うことは、悪平等だと私は感じています。算数が苦手な子にだって、自分の理解の速度に合わせて学び、しっかり習得する権利があるのです。算数は算数が得意な子のためだけにあるわけではないと思います。算数が得意でなくとも、しっかり理解できれば算数が好きになって、算数が得意だけれどあまり勉強しない子より、ずっとできるようになることは実際よくあることです。

こういう日本人独特の制服主義的考えが払拭されない限り、障害のある子やギフテッドなど、マイノリティの星の下に生まれた子供やその親は永遠に苦しまなければなければならないと思うのです。

優秀な頭脳と学歴を持ちながら、その能力をサリン作りに生かすような人もいるのですから、人間の価値は能力だけで決まるものではないと思います。また、その人個人の魅力というものは、能力などという単純なもので決まるわけではないと思います。人間性だったり、経験からくる落ち着きだったり、生来の明るさだったり、思慮深さだったり、趣味の良さだったり、癒やしの雰囲気だったり、不屈の精神だったり、挙げればきりがありませんが、究極的にはあまり能力や障害のあるなしは関係ない気がします。

姉がroboの合格祝いに贈ってくれたノート型パソコンです💻
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Commented by suzu62taha88 at 2017-02-12 09:38
習熟度別に授業がなされるのは本人たちにとってとてもいいと思います。
しかし、親ごさんによっては、ランクづけに感じてしまうところがネックなのですよね。
子供達にとって合理的な場で学習できる事が1番なのだと思います。
私もこのことをたまに考えています。

子供を伸ばせる場が他にあったのではないかと思うのは、ただの幻想かな。(笑)
親がしっかりしてないからです。はい。
Commented by robo223 at 2017-02-12 12:07
ふぅ君ママさんへ

コメントありがとうございます。
レベル別に分けられることを子供達はわりと歓迎していて、むしろ低いクラスに行きたがることが多かったりします。それは、自分に合った進度で無理なく学びたいという気持ちがあるからです。(さぼりたい子もいますが。)本人達は意外と合理的に考えています。

むしろ抵抗があるのは、親達です。合理性より、感情の部分で受け入れられない部分が大きいです。不思議なのは、自分のことなら楽したいと思ったり、できなくてもいいやと思うのに、子供のことになると出来なくては困る!と主張する場合があって、子供の立場はあまり考えていなかったりします。

ふぅ君は色々苦労しながらも、今の環境の中でベストを尽くしていると思います。それは、ふぅ君ママさんの強力なサポートや導きがあるからだと私にはわかります。
by robo223 | 2017-02-12 08:51 | Comments(2)